世界最大の密室
2024年4月13日の深夜、イランは初めてイスラエルに向けて自国領土から直接ドローンと弾道ミサイルを発射した。300機を超える飛翔体が中東の夜空を飛び交った。数時間後、イスラエルは限定的な報復攻撃を行い、両国は「顔を立てつつ」エスカレーションを止めた。
世界が凍りついた夜だった。なぜなら、イランとイスラエルの直接衝突は、核戦争のシナリオを含む中東全体の大規模戦争につながる可能性があったからだ。そして、この地域が燃えれば、世界経済は即座に打撃を受ける。
その理由は、地図を見れば明白だ。
世界経済の「3つのバルブ」
なぜ砂漠の争いが東京の株価を動かすのか。答えはチョークポイントにある。
ホルムズ海峡——世界の原油輸送の約20%が通過する。幅39キロメートルのこの水路が閉塞すれば、日本の石油備蓄は数週間で底をつく。スエズ運河——欧州とアジアを結ぶ最短ルート。コンテナ輸送量の約30%が通過する。バブ・エル・マンデブ海峡——紅海からインド洋への出口。フーシ派が攻撃を繰り返すこの海峡を回避するために、世界の大手海運会社は喜望峰を迂回するルートへの切り替えを余儀なくされた。
世界に存在する主要チョークポイントの3つが、この一地域に集中している。中東の安定は、誰かの選好の問題ではなく、グローバル経済の物理的な必要条件だ。
スンニ対シーア:1400年の断層線
中東の対立構造を読む上で最も重要なのが、イスラム教の宗派対立だ。スンニ派の盟主を自任するサウジアラビアと、シーア派の旗手であるイランは、過去数十年にわたって中東全域を代理戦争の舞台にしてきた。
両国は直接戦いを挑むことは稀だが、イエメン(フーシ派 vs. サウジ主導連合)、シリア(アサド政権 vs. 反政府勢力)、イラク(シーア派民兵 vs. 米軍)、レバノン(ヒズボラ)で、絶えず相手の勢力を削り合っている。
イランの戦略の核心は「抵抗の枢軸」と呼ばれるプロキシネットワークだ。ヒズボラ、ハマス、フーシ派、イラクのシーア派民兵——これらの組織にミサイルと訓練を提供することで、イランはイスラエルとサウジの周辺を「焦土化する能力」を安価に維持している。正規軍を動かさずに敵を疲弊させる非対称戦略だ。
2023年の中国仲介によるサウジ・イラン国交正常化は歴史的なサプライズだった。しかしこれが両国の根本的な対立を解消したわけではない。「同じ屋根の下で口もきかなかった二人が、ひとまず挨拶をするようになった」程度の変化だと、専門家の多くは見ている。
イスラエル:「存亡の恐怖」が生み出した軍事国家
イスラエルの地政学的特殊性は、「一度でも負ければ国家が消滅する」という構造的恐怖から来ている。
面積は日本の四国とほぼ同じ。人口は約950万人。四方を大なり小なり敵対的な勢力に囲まれている。この国が200発以上の核弾頭を持つとされる(公式には認めていない)のは、「通常戦力で負けそうになったときの最後の手段」として核を温存しているためだ。
2023年10月のハマスによる奇襲攻撃と、それに続くガザへの軍事作戦は、アブラハム合意が生み出した「新しい中東」の夢を打ち砕いた。パレスチナ問題は、どれほど外交が進んでも必ず爆発する「時限爆弾」として存在し続けている。国際社会はその爆弾を取り除くことができないまま、周囲に壁を作り続けている。
薄れゆくアメリカの影
かつての中東は「米国の庭」だった。石油の安定供給と引き換えにサウジ王室の安全を保証するという暗黙の取引が、地域の秩序を支えた。
しかしシェール革命で米国は世界最大の産油国になり、中東の石油への依存が薄れた。バイデン政権はイラクとアフガニスタンからの撤退を完結させた。「米国が去った後に何が来るか」という問いへの答えが、今の中東の混乱を形作っている。
中国はサウジとイランの仲介をし、莫大なインフラ投資で存在感を高めている。ロシアはシリアへの軍事介入で中東の「永続的なプレイヤー」の地位を確保した。トルコはNATO加盟国でありながら、独自の地域覇権を模索している。米国が残した空白を複数の大国が埋めようとしているが、どの国も米国が過去に果たしたような「安定の担保者」になることはできない。
この「誰も責任を取らない」多極化した中東が、最も危険な状態かもしれない。