綱渡りの天才
2022年から2024年にかけて、インドは驚異的な綱渡りを演じた。
西側がロシア産石油に上限価格を設定して制裁を強化する中、インドは割安になったロシア産石油を大量に購入し続けた。同時に、米国・日本・オーストラリアとのQUAD軍事演習に参加し、海上自衛隊と太平洋で共同訓練を行った。さらにBRICSの正式加盟国として、中ロ主導の国際秩序構築にも積極的に関与した。
あらゆる大国が「どちらの側につくのか」を迫る中、インドは「どちらでもない、インドはインドの利益を追求する」という立場を崩さなかった。
これが「戦略的自律(Strategic Autonomy)」と呼ばれるインド外交の本質だ。人口14億人、2030年代には世界第3位の経済大国になると予測される国家の重みが、この芸当を可能にしている。
巨象の地政学的文法
インドの地政学的条件は、南アジアでの覇権を半ば構造的に保証している。
インドはインド洋の中心に位置する。北のヒマラヤ山脈が天然の要塞となり、南には広大な海が広がる。3.3万キロに及ぶ海岸線は、インド洋全体を「自国の海」と認識するインドの戦略的な文法を生み出した。インド洋は、中東の石油をアジアへ、アフリカの資源を世界へ運ぶ最重要の海上交通路だ。この海を誰かに支配されることは、インドにとって実存的な脅威だ。
中国のインド洋進出は、この文法に真っ向から挑戦する。一帯一路の海洋ルートを通じて、中国はミャンマー、バングラデシュ、スリランカ、パキスタンにインドを囲む港湾インフラを建設している。この「真珠の首飾り」戦略は、軍事的に見ればインドの海上包囲網だ。インドがQUADに参加し、米日豪との海軍協力を強化するのは、この包囲に対抗するバランシングだ。
核の均衡という不安定な平和
インドとパキスタンはともに核保有国だ。両国の核弾頭の合計は300発を超えると推定されている。
この核の均衡が「安定した抑止」として機能しているかといえば、答えは「不安定な平和」だ。両国間では、カシミール地方の帰属をめぐって1947年の独立以来、三度の戦争と無数の武力衝突があった。2019年には、インドがパキスタン領内の「テロ組織の拠点」に空爆を行い、パキスタンが迎撃機を撃墜するという事件が起きた。核保有国同士の武力衝突は理論上はありえないとされるが、実際には起きた。
この危険な状況をさらに複雑にしているのが中国だ。中国はパキスタンに核技術と兵器を提供し、巨大な経済投資(CPEC:中国パキスタン経済回廊)で関係を強化している。インドから見れば、西にパキスタン、北に中国という「二正面の脅威」が常に存在する。
グローバルサウスの旗手
インドが国際政治で持つもう一つの力は、「グローバルサウスの代表」という立場だ。
2023年のG20議長国として、インドはアフリカ連合のG20加盟を実現させた。先進国と途上国の橋渡し役を自認するインドは、米国への完全な同盟を拒否しながら、ロシアを公然と支持することもない。
この「第三の道」は、冷戦期の「非同盟運動」の現代版ともいえる。しかし今回はインドの国力が格段に増した。世界が米中二極化に向かおうとするとき、インドの存在は「第三の重心」として機能する可能性がある。
21世紀の国際秩序がどう形成されるかは、インドが最終的にどちらを選ぶか——あるいは選ばないか——によっても大きく左右される。