世界で最も「ズルい」地理
地政学者のロバート・カプランは、アメリカ合衆国の地理を評してこう書いた。「神が作った要塞」だと。
東は大西洋、西は太平洋——大陸間弾道ミサイルが存在する以前の時代なら、いかなる軍隊もこの大洋を越えて米国本土に侵攻することは不可能だった。北はカナダという友好国が緩衝地帯を担い、南のメキシコとは圧倒的な経済格差が「力の非対称」を生む。ミシシッピ川流域の肥沃な農地は世界最大の食料生産地帯だ。
この地理的条件は、ヨーロッパやアジアの主要国が数百年かけて直面してきた「隣国からの侵略リスク」「資源の枯渇」「食料安全保障」という三大課題を、最初から持っていない国家を生み出した。
さらに2010年代、シェール革命が最後の弱点を消した。中東の石油なしで自国のエネルギー需要を満たせるだけでなく、LNGを輸出して同盟国のエネルギー安全保障まで担えるようになった。「食料も、エネルギーも、安全保障も自給できる」——この条件を満たす大国は歴史上、米国だけだ。
覇権の誘惑と孤立主義の呼び声
この完璧な地理を持つ国家が、なぜ世界の警察官を引き受けたのか。
答えは単純だ。そうすることで最大の利益を得られたからだ。第二次世界大戦後、米国は自由貿易体制の「ルール作成者」として、経済的に最大の恩恵を受けた。ドルを基軸通貨にし、海上交通路を守り、同盟国を核の傘で包む——この取引の見返りに、世界経済は米国主導の秩序の中で成長した。
しかし2010年代以降、この「取引」を疑問視する声が米国内で高まった。イラクとアフガニスタンの消耗戦に数兆ドルと数千人の命を費やし、中東から得た戦略的利益は限定的だった。一方で国内では、製造業の雇用が失われ、中間層が縮小した。「なぜアメリカの若者の血を使って、海の向こうの戦争に関わるのか」という問いは、イデオロギーを超えた共感を呼んだ。
これが「アメリカ・ファースト」と呼ばれる内向きの衝動の根源だ。トランプ的なポピュリズムはその表れだが、より深い構造的な変化を反映している。
覇権競争の本命:中国への集中
一方で、米国が全力で取り組んでいる課題がある。中国との覇権競争だ。
冷戦終結後、米国は「中国をグローバル経済に統合すれば民主化する」という「関与政策(Engagement)」を採用した。WTOに加盟させ、貿易を拡大した。この賭けは失敗した。中国は豊かになりながら権威主義を深め、経済力を軍事力と地政学的影響力の拡大に転換した。
米国の対中戦略は、オバマ政権の「アジアへのリバランス」から始まり、トランプ政権の関税戦争、バイデン政権の半導体輸出規制強化へと発展した。現在の中核戦略は「スモール・ヤード、ハイ・フェンス」——すべての技術領域でデカップリングするのではなく、軍事技術に直結する「急所」だけを高い壁で守る選択的な技術封鎖だ。
この戦略の成否は、同盟国がどれだけ協力するかにかかっている。日本・オランダ・韓国が半導体製造装置の対中輸出制限に参加しなければ、米国単独の規制は抜け穴だらけになる。米国の覇権が「多国間協調に依存する覇権」に変質していることは、両刃の剣だ。
軍事面でも同じことが起きている。米国は本土から遠く離れたグアムや豪州北部、フィリピン、日本の基地網を結び、第二列島線を西太平洋の後方支援線として使おうとしている。北米の覇権は、もはや北米大陸だけでは維持できない。
カナダとメキシコ:大国の影の中の選択
米国と同じ北米大陸に存在するカナダとメキシコの地政学的運命は、その圧倒的な存在感によって左右される。
カナダは輸出の75%以上を米国向けに行い、安全保障の大部分をNATOと米国の核の傘に依存している。しかし同時に、世界最長の北極海岸線を持ち、グリーンランドに隣接するという戦略的地位を持つ。北極の軍事化が進む中、カナダの北極主権の主張が問われる局面が増えている。
メキシコは米中貿易戦争の「迂回路」として急浮上した。中国企業がメキシコに製造拠点を設け、そこからUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)を使って米国に輸出する動きが顕著になっている。米国はこれを「中国製品のバックドア」として警戒し、メキシコへの圧力を強めている。